農場づくり 離農跡地の再生/未耕作地域/障壁/活用できない理由

初めてパートナーと二人
農場に入り
一番の高台から眺めたその景色は
一面の野原で
朽ちた人工物をすべて植物が覆い隠し
緑に覆われ
夕日に照らされたその景色が
まるで古戦場の様で
とても美しかったのを思い出します。
二人でいい場所だね
と話しました。
何となく宮崎アニメ「天空の城ラピュタ」🔗の中に出てくる
天空の城のように見えました。
実際の離農跡地は
廃品や薪がぎっしり詰まった牛舎
半分は柱が折れ倒れ掛かり
水があふれ
其処らじゅうカビが生え漬物などの瓶が山積みとなったまま
そこに放置されています。
荷物がぎっしり詰まり針金などで出入り口をふさがれ
なかを見ることができない納屋
腐敗した飼料が残り、崩れたパドック
ガラスや廃品が詰まれた山
屋根が崩れ落ち
コンクリートでできた部分のみがのこるサイロ
山からの岩清水でぬかるんた道路
草で覆われた道の跡とおぼしき場所
倒れたままのトドマツの大木
そこら中に張り巡らされちぎれ絡まった有刺鉄線
放置され其処らじゅうに打ち込まれた鉄杭
地面に刺さった部位は
錆て朽ち果てています。
自宅前に放置されたソファなどの大型家財道具
ナンバープレートが付いたまま配車となったであろう自動車
タイヤは無くさびて朽ちています。
崩れた小屋、この中にもぎっしりと資材などが詰まっています。
その他家財道具や衣類が放置されたままの自宅跡
など
そのほかの敷地内は
ところどころにビニールマルチが埋まり
油が浮き出し
塩ビ管が放置され
それらすべてが
絡みつく草や木々と混ざり合い
長い年月をかけて少しづつ自然が飲み込み覆い隠そうとしています。
離農跡地が再利用しづらい理由として
①空いた農地は国や組織管理の元、企
業や組織が取得し一元利用する仕組み化が出来上がっていること。
②廃業したがそこに住居があり、住人が居住している。
③離農跡地の居住者が高齢でいなくなり無人と化したが
管理されない施設が朽ちて産業廃棄物として残り
撤去に多くの労力を要すること。
です。
高齢化や産業構造の変化で
時代とともに移ろい
変化し続ける
近代酪農は
戦後、国の政策でこの地方に
持ち込まれ
時代とともにその役割を終え
新しく形を変えつつあります。
例にもれず
釧路市には
48農家が現存していますが
その実態は
ここ十数年
新規就農者は現れず
既存農家は年々廃業し
後継者問題と
離農後、
事業は廃業したが住居として存続し
使用しない多くの農地は
農協などのがTMR🔗などの会社組織を作り
そのほとんどを取得管理し
乾草餌を採取する牧草地として一元利用をしています。
高齢となった個人酪農家は承継が難しく、その多くが廃業し
使用しなくなった土地を農業法人が国の保護を受け
吸収合併し大型化していく構造。
空いたように見える離農跡地は
廃業した後の住居
(住んでいる場合がほとんどで
再利用しづらい理由の一つ)と
使用していない牛舎などの施設が残り
ラピュタの天空の城と化していく。
当然農地は農地法に基づき国が統制管理し
国力の一つして食料自給を維持して
国民の生活を保障していかなければならない.。
その為、私は自由な売買はできないように統制されてしかりだと思いますし
そうでなければならない、とも理解できます。
そうしないと、利用できる土地は外資や大企業などに買い占められ
転用されていくでしょう。
現在もメガソーラーなどが乱立するとともに
何の規制もないまま、ほんの少しの土地でも買い占められ
住居部や農地から地目変更した雑地などには
ソーラーが建設されていきます。
それもすごい勢いで。
これも大きな社会問題です。
資本がある企業は
その情報収集能力と資金力を十分に活用した戦略で
隙間へ隙間へ
利益へ利益へ
これらは
たしかに、言い様によっては
空いた土地の有効利用ではありますが
当然ながら、そこに愛はなく
環境保護や景観の確保などは当然考慮されてはいません。
ましてや若者や新規で農業を目指す人たちに
再利用してもらうために循環させようなどとは
考えられてもいない。
行政や農協が考える施策は多くあり努力し実行されています。
しかし
力づくでは自然な流れにさからえない。
近代農業は
それに気づかないまま衰退しつづけ
いづれ望まれないものは自然淘汰され
ラピュタの天空の城のように、消えてなくなる。
そんなことを現場に立つと肌で感じます。
私の農場の未活用地域問題
いかに有効利用するべきか?
多くの廃品と廃墟が残り
片付けるには多くの労力と費用が掛かることが予想されます。
そして片づけた先に
何を見るのか?
どのような絵を描くのか?
農場の運用を考える際、
常に突き当たる「壁」がこの問題です。
何度となく足を運び
シミレーションを繰り返し
反芻して飲み込む
を4年間繰り返してきました。
今現在、利用している旧住宅部分は
幾度となく水道管が破裂し
台所部分の床は腐り
穴が開いた状態で放置しています。
水道管の補修は経費をかけ
幾度となく修理をしてきました。
利用しているのは冷凍庫を置いて
倉庫として時折使用する程度です。
電気は通電し
プロパンガスのメーターも生きています。
トイレは汲み取り式ですが
定期的に清掃している為
使用可能な状態です。
問題は水回り。
水道は山からの湧き水を引き込んでいる為
止水栓などの水流をコントロールする設備はありません。
修理する際は、裏山にある引き込み用のホースの接続部を
外して自然放水させ
住宅部の水道を止めるという方法を取るしかありません。
この水はお風呂部分と台所部の洗い場につながっています。
お風呂はバスタブはありますがボイラーは未設置です。
いままで農場開業からの4年間は倉庫としてのみの使用でした。
そのため、ボイラーも水道も特に必要なく、放置していたのが現状です。
私の農事業の根本的問題点は
自宅と農場が離隔しているということです。
約7㎞
時間にして約10分から15分の車両移動が必要で
物理的な離隔があります。
WWOOFや研修生が来てくれても
常にこの距離を移動しなくてはなりません。
車での移動が必要な為、常に時間を合せ
一緒に移動し
もし農場に残って仕事をしたい場合は、待ってもらい
私が別に仕事がある場合は
先に帰り、所要を済ませ
迎えに行く。
これの繰り返しとなります。
一日に少なくとも2回
往復する為、車両走行距離は
600㎞/月を超えます。
農場往復のみで燃料を2回給油しなくてはなりません。
これはとても非効率でじわじわと経営に影響を与えます。
何よりも家畜たちに何かあっても対応が遅れます。
自然災害などで農場への通路がふさがれても
次の日にならないと気が付きませんし対応が遅れます。
その為、将来計画の中で
私は農場にある旧自宅跡の内装を改修し
研修生が暮らせる施設へ
そして人が集まれる施設へ改修する計画を立てていました。
2階部は居住スペースとして
研修生やWWOOFERの受け入れ施設として
一階部は事務所と
一部を土間にして調理施設を併設しCafe営業の許可を取る。
豚肉料理、とれたての自家野菜や卵などを
使った料理の講習会の開催や軽食の販売
また、時折開くカフェとしてただただ美味しいコーヒーと手作りケーキなどで
おもてなしをし、本をたくさん置いて、いい音楽を聴いてなどなど
訪れた人たちがくつろげるスペースとして、地域の憩いの場を作る。
食肉の加工ができる施設の許可も取得する。
これにより外注に頼る現在のスライス加工などを
自分でもできるようにし柔軟性を向上させる。
併せて、ジビエ解体ができる施設も併設する。
これによりジビエ解体ワークショップや鹿肉調理などを
みんなで楽しむことができる。
今まで行ってきた手前みそづくりのワークショップの開催
餅つき大会
サバイバル体験などの企画などもここで行うことができ
できることが増える。
卵の自動販売機の設置や
豚肉自動販売機を設置して
人がいなくても買いに来れるような場所にする。
人が常駐できるときは
ショップを開いて
豚肉の直売や
豚革や鹿革を使用した
狩猟や農作業などのアウトドアで使用できる
アパレル、ギアなどの開発と雑貨販売
定期、不定期で地元生産者と共同コラボして
マーケットの開催など
いろいろな活動拠点として
生まれ変わらせる。
こんな夢を膨らませていました。
が
問題は山済みの状態です。
解体費用やそれに費やす労力は
マイナス費用で
なかなか足を一歩踏み出せず
放置していたのが現状です。
自衛隊時代
即応機動連隊という
新しい部隊の立ち上げプロジェクトを担当するため
方面隊特例人事として
北海道初の即応機動連隊立上げの任を得たことがあります。
短期で時間の制約
予算の制限
教育訓練や胆振東部震災などの有事対応との
平行事業として
また、古くからある伝統部隊を改変するという精神的障壁。
多くの困難に突き当たり何度となく挫折と衝突を繰り返しました。
新しいものを作る為
多くの古いものを壊し
そして捨てるということが必要になります。
これは施設もさることながら制度や古いしきたり
等も含めた一大プロジェクトでした。
多くの反発の中、説明会を何度となく開き
毎日、通って説明をし必要性を説き改革を
遂行しました。
この中で、施設解体や倉庫整理で出た不用品や廃棄物の処理費用を
予算化することは非常に困難で予算担当者含め納得してもらうために
多くの時間を要しました。
捨てるための費用は「形として新しいものを生む」費用ではなく
マイナスの費用だということです。
この考えを変えて「将来の絵姿」を何度となく説明し
必要性を説きました。
当時、血便、血尿が出るほどの重圧の中
少しでも後世に良いものを
新しい部隊の為、そこにいる隊員の為そして国の為
このような想いで一心に行動したのを思い出します。
私は自分の夢である
農場構想を10年で実現しようと
この春計画を修正しました。
新春、なんどもなんども自分が何をしたいのか?
を考え
反芻し
繰り返し自問する中で
事業計画を修正し
考えをまとめていきました。
まだまだ結論には達しませんが
方向性は見えてきた感があります。
そんな中、
昨年末に販売を始めた
保存料無添加無着色ソーセージがご縁で
地元鶴居村のクラフトビール会社である
ブラッスリーノット様🔗と知り合うことができました。
ビールの素晴らしさもさることながら
ショップの洗練された雰囲気
ラベルのデザイン性や
ロゴの秀逸さなど
にとても興味を持ちました。
お話をいろいろ聞く中で
面白い企画や
デザインなど何でも相談できる
この北海道の東である
道東地域を主な活動拠点として
人と人を繋ぐ
仕事をしている一般社団法人・DOTO🔗様
を紹介してもらいました。
ここの理事である名塚様と連絡を取り
夢の農場作りについてアドバイスが欲しいと
思い切って相談してみることにしました。
「夢」を話すことはなんだか恥ずかしいことです。
「そんなこと本当に実現できるの?」
「夢」でしょ
「言うだけタダだもんね」
「何でも言えばいいってもんではない」
などなど
ネガティブな想いがたくさん頭をよぎりましたが
行き詰った時
前に進むために
人の話を聞く
新しい風になれば良いなぁと
相談をすることに決めたのです。
そして「夢」に向けた一歩をさらに踏み出す起爆剤にしたいと
考えています。
今回の依頼事項は次の2つです。
① 夢の場所の「絵」をイラストに起こし
「見える化」してもらう。
その中で優先順位を明確にする。
② 資金調達に関するアドバイスをもらう。
・クラウドファンディングの立ち上げ
・利用できる補助金の精査
・その他の調達要領について
実行の可能性を探る。
クラウドファンディングはこれまで何度となく考え
挑戦しようとしてきましたがその一歩を踏み出すことができませんでした。
どのように活用したらよいか?
が今一つまとまらず利用していなかった部分でした。
ここを相談することにしたのが一番大きな依頼事項となります。
・DOTO様はクラウドファンディングの「キャンプファイヤー」🔗と提携し
キュレーションパートナーという位置づけです。
ここが今回の依頼の最重要事項となります。
10年先
慌てずゆっくり
しかし、人生50年を過ぎ
最も重視するべき時間資産にも限りが見えてきました。
少しづつですが進めていきたいと考えています。
「離農跡地の再生プロジェクト」
「過疎化の農村に人が集まるプロジェクト」
スタートです。